川上大神宮 お千度まいり
川上やすらい祭
令和7年4月13日(日)
毎年4月の第二日曜日に実施される「川上やすらい祭」
当日は雨が降り、やすらい祭の巡行は中止になりましたが、「神事」と「出立ちの式」が行われました。
[参考]
川上やすらい花は、4月の第2日曜日に、川上大神宮の氏子区域である、西賀茂川上町及び南川上町の人々を中心に行われる。風流花傘を掲げた一行は、鉦2人、締太鼓2人からなる鬼が、囃子詞と笛に合わせて、旋回するような所作で頭の赤熊と赤い打掛を振り乱して踊る。
やすらい花の起源は平安時代に遡る。春の花が散る際に、疫病も飛び散ると考えられ、その疫病を鎮める「鎮花」の行事であるとされる。記録には、後白河法皇(1127-1192)が撰述したとされる『梁塵秘抄口伝集』の巻十四に「京ちかきもの男女紫野へふうりやうのあそびをして哥笛たいこすりがねにて神あそびと名づけてむらがりあつまり」と記載があるのが初見とされ、久寿元年(1154)3月のことであるという。
前々日の晩、練習の仕上げにあたる「ならし」が、川上大神宮の籠堂で行われる。当日は11時頃に川上大神宮で神事があり、その後、出立ちの式があって、周辺地域を巡り、川上公園、蟹ヶ坂地蔵尊、山の森公園、川上地蔵尊、川上大日如来、南川上町地蔵尊で踊る。午後は自動車で13時∼14時頃に總神社(北区紫竹西南町)へ向かい、社殿で踊った後、14時~15時頃に今宮神社の境内に入り、本社、疫社、日吉社、社務所の前で踊る。
疫社では、御幣に疫神を移して納める。
(福持昌之)
川上大神宮 縁起駒札
川上大神宮の駒札も完成しました
2月に建てられたものと思います。
1部を引用しますと
「川上大神宮社は平安時代初期(833年頃)に上賀茂神社の読経所が置かれたとされ、後に力を持った醍醐家の領地となり、その氏神様を祀ったので伊勢神宮の御祭神である天照皇大神をお祀りしております」
となっています。「神宮」と呼ばれる神社は祀神として天照皇大神か天皇が祀られて神社となっています。
川上大神宮が大神宮と呼ばれる理由がよくわかりました。
伝統行事'18 川上やすらい祭
4月8日(日)川上やすらい祭が西賀茂の川上大神宮で行われました。
毎年4月の第二日曜日に行われています。
平安末期に始まったとされる約900年の伝統ある祭りです。やすらい祭の行列は川上町の町内をめぐったのち、今宮神社にやすらい踊りの奉納に参ります。
今宮やすらゐ祭が今宮神社にて4月8日午後3時頃行われましたが、川上やすらい祭も今宮やすらゐ祭に合流しました。
今宮神社の正面に到着した川上やすらい祭の行列は拝殿を右回りに3回 まわった後、本社と疫社の前でやすらい踊りを奉納しました。社務所前でもやすらい踊りを披露し、あぶり餅屋の前で厄払いを行いました。やすらい祭についての解説は、今宮神社の公式ホームページをご覧ください。
伝統行事'18 今宮やすらゐ祭
上賀茂やすらい祭
2017年5月15日
「いんや~、やすらいや~、花や~、今年の花はようさいた」
とはやしながら行列します。明神川沿いの伝統的建物保存地区を通過し、上賀茂神社へ。
5月15日上賀茂やすらい祭が行われました
葵祭と同じ5月15日の午前11時から午後1時にかけて、上賀茂やすらい祭がおこなわれました。
午前11時に岡本町のやすらい堂(集会所)前で、まず やすらい踊りがおこなわれ、その後 一行は太田神社、さらには上賀茂神社へ向け出発します。
一の鳥居前では今宮神社へ向けてやすらい踊りを奉納します。そして上賀茂神社からは藤ノ木神社をへて、岡本町のやすらい堂へ午後1時過ぎに戻ります。途中 中大路町と東区の子ども神輿とすれ違いましたがともに太田神社、上賀茂神社、藤ノ木神社にお参りしていました。葵祭とともにやすらい祭や各町内の子ども神輿も出て、お祭り気分は高まっていました。
太田神社の杜若は五分咲き、昨年のように鹿の害もなく鮮やかな姿を見せていました。
川上やすらい祭
2017年4月9日(第二日曜)
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4月9日「川上やすらい祭」がおこなわれました。予定通り、正午に、川上大神宮社下の会所(籠堂)から本殿に関係者が参りやすらい踊りを奉納しました。
「川上安楽」と書かれた旗を持った人を先頭に、花傘、鬼、榊と御幣、音頭取り、神主、町の役員が川上六町内を巡行しました。
北は蟹ヶ坂のお地蔵さんから上賀茂神社の末社の山ノ森神社あった山ノ森公園まで巡行し、川上大神宮へ戻るまで約1時間30分程を要しました。
午後3時からは今宮神社やすらい踊り、玄武神社やすらい踊り、川上大神宮やすらい踊りが今宮神社へ集まり、それぞれがやすらい踊りを奉納しました。
その他、上賀茂にも岡本町に上賀茂やすらい祭が伝承されており、現在も上賀茂神社の葵祭と同時に5月15日におこなわれています。
その詳しい起こりや内容については平成12年発行の『ひらぎの郷土誌』(暫定版)をご覧ください。